« ドラマは、ハッピーエンド | トップページ | チャリティーコンサート国際的ソリスト4人 »

無縁社会という社会

2010年11月2日晴れsun

Cocolog_oekaki_2010_11_01_18_21

 わびさびという言葉がありますが、秋も深まって晩秋に入りますと侘びしさと寂しさを感じるようになります。maple

 わびさび、自然の万物が正気を失ってしめやかな気配に包まれる。そういった様子を言うのだろうと思います。

 確かに晩秋ともなれば、冬を前にして、自然が冬支度する様が手に取るようにわかります。

 その姿は、春の生き生きとした万物が躍動するような風情と正反対です。

 紅葉の森に一人奥深く入ってみますと、まったく音がしない静の世界です。時折、落ち葉が落ちる音が・・・・聞こえるくらいです。その音が余計に静けさを引き立たせる、こんな経験をしたことがあります。秋は、やはり物悲しいのです。think

 寂しい話にになりましたが、先日、「無縁社会」という言葉をききました。なんとも響きが、寂しい。その真の正体は、わかりませんが、日本の国民でありながら、国民の誰ともつながっていない孤独な人が猛烈な勢いで増加しているとのことです。

 無縁の人。家族はないし、地域とのつながりもないし、就職はなく社会とのつながりもない。

 ないないづくし。

 私は、時々お買い物に行きますが、街には昼間、大勢の人がいて、それぞれが目的を持ち、お互い何らかの関係の中で、あるいは繋がりの中で営みをしています。

 こんなこと大昔から当たり前だったと思うのですが、昨今、この当たり前が当たり前ではなくなっているとのことです。

 ないないずくしの人がどんどん増えて、誰もが無縁社会の一員に簡単になってしまうとのことです。

 真実は私にもわかりませんが、このように恐ろしい無縁社会に生きる人が増加しているこの問題、手遅れにならないうちになんとかしなければと・・・・思うのは私一人ではないと思います。confident

 私も私自身のことを考えた場合、子供たちと何かのことで縁が切れたとしたら、頼れるのはぐうたら亭主一人。それも頼りにならないぐうたら亭主。そうだとしますと私だって無縁社会への予備軍です。そんなの嫌で~す。(;ω;)

 今日のトピックス

バラが咲いています。蕾のまま開かないで終わってしまった花が多かったです。

Img_6332_2

不明                       クイーン・エリザベス

Img_6348    Img_6254_2

クイーンエリザベスの開いたところ。

Img_6397

野良ネコや寂しき秋の日暮れかな(ぐうたら亭主)Cocolog_oekaki_2010_11_01_18_16

 にほんブログ村 シニア日記ブログへ

ここを一日一回クリックして頂けますと励みになりますhappy01。  (違うページに飛びますが、よろしくお願いいたします。)マジョリンsmile

|

« ドラマは、ハッピーエンド | トップページ | チャリティーコンサート国際的ソリスト4人 »

つぶやき」カテゴリの記事

コメント

マジョリンさん、ご無沙汰してしまっております。
久々にコメント書かせていただきます。
相変わらずの素晴らしい薔薇に心が和みました。happy01shine
私も夏から見切り品のミニ薔薇を数本買いまして
秋にも少しだけ咲いており、喜んでましたが
やはり、マジョリンさんの薔薇を見ると、
レベルの差にがっかり、、、(;;;´Д`)ゝsweat02
肥料と土と鉢の研究が課題です。

ところで、無縁社会の件ですが、
本当に今、問題になっていると思います。
公団だかの管理人さんは何十人もの孤独死遺体
を発見しているとか?
もう、人との関係が個人の生き方、生活だけで
すまされる話ではなくなってきているな、
と思います。weep
(過疎等の問題にしても、、、。)
国をあげてのシステムをどうにかしないと
今後、先が暗いのではないか?とも思います。

この関係の話は私のブログにも今度書いておきます。
pencildash

投稿: momomo | 2010年11月 3日 (水) 02時14分

あざみさんといい、今日の60歳代村は重いテーマがあふれていますね^^。
私の敬愛するイエス様の言葉にあります。
『明日のことを思い煩うな・・・野の花を見よ・・・』
これが分かるのに、ほんとうに60年かかりました。つくづくばかな私です。先日も書きましたが、大学の時すでに、このことは友人に指摘されてはいました。
ともかく今は、『明日のこと・・・・』に『済んだ事をうじうじ悔やまない』を加え、更に『怒らないこと』まで動員し、何とか生きています。

投稿: Bunbunbun | 2010年11月 3日 (水) 06時59分

無縁は自由を求めた結果でもあるわけですので、簡単には変わらないと思います。
昔、身動きできない、ぎゅうぎゅう詰めの帰りの電車のなかで、品川を出てしばらくして、私の前の男性が私をいきなり殴りました。「何するんですか?」と聞いたら何も言わないでまた殴ってきました。いろいろやり取り後「次止まったら警察に行きましょう」と言ってにらみあったまましばし時間が過ぎて、川崎の駅に停車したら、その男は大急ぎで降りて逃げて行きました。その間電車の中には大勢の人が乗っていましたが、こちらを見ているだけで、私以外、相手の男性も含めて。誰一人一言も発する事ありませんでした。
不気味と言えば不気味な事です。これが無縁社会の縮図なのではないでしょうか?関わると当然自分も応分の負担を強いられます。
ここに移り住んで、80代のおばあさんやおじいさんと交流持ってますが、時にはやはり負担に感じる事もあります、それでも我慢して交流を持つ事が、縁を維持することですよね。他人だけでなく親子でも、親戚でも、同じ様に煩わしい事と一緒にあるのが縁なのでは。

投稿: Syu(Jii) | 2010年11月 3日 (水) 07時20分

momomoさんへ
おはようございます。notemomomoさんのところよくお邪魔しますがお忙しいですよね。dashsweat01コメントも、無理なさらず、大変な時のことよくわかっていますので・・・のんびり、が一番です。
バラ咲いて良かったですね。今にいい花が出ますよ。
無縁社会、こんな悲しいことはありません。
人との交流の中で、生きがいを見つけていくシステムの断絶です。いつか、momomoさん書いてください。pencil

投稿: マジョリン | 2010年11月 3日 (水) 10時16分

Bunbunbunさんへ
Bunbunbunさんには、信仰があってよいですね。
人生の、道しるべなんて簡単に言ってしまいますと叱られますね。
ご自分を限りなく磨く教科書でしょうか。
ヒューマニティーあふれるBunbunbunさんが、ブログなどから浮かび上がってきます。smile

投稿: マジョリン | 2010年11月 3日 (水) 10時29分

こんにちは

自分を大切に思えない時って、
他人もただのモノのように見てしまう事があるように感じます。

自分の命の大切さ、身内の命の大切さを気付かせてくれる事件、
例えば、この前のチリの落盤事故のようなことを見ると
感動して、自分たちの中に眠っていた
人を思いやる気持ちがわき上がるのですが。

本当は、常にみんなが持っているのに、
曇って隠れてしまうんでしょうね。

人を思いやる気持ち。も、意識して習慣づけないと
どこか分からなくなってしまう気がします。

投稿: だいこんママ | 2010年11月 3日 (水) 10時46分

Syu(Jii)さんへ
都会、人は一杯いるのにつながりがないって寂しいことですね。今、自分だけが良ければそれで良いって考え方がまん延してます。人のために何かをするって考え希薄です。confident
Syu(Jii)さんのおっしゃる、無縁は自由を求めた結果でもあるって言葉、その通りだと思います。だけどその先にあるものは、人にとってユートピアなのかどうかはわかりません。
それから、わずらわしいことと一緒にあるのが縁というお話も納得できます。本当の自由は、きっと煩わしさと隣合わせかもしれませんね。coldsweats01

投稿: マジョリン | 2010年11月 3日 (水) 11時08分

だいこんママさんへ
今晩は。smile
だいこんママさんのお話聞いて、何か救われるような気持ちになりました。
人を思いやる気持ち、基本的には誰もが持っていて、ただ、日常それが眠ったまま・・・・そうかも知れませんね。
そうであれば、そろそろみんなで目を醒ますときに来ているかもしれませんthink

投稿: マジョリン | 2010年11月 3日 (水) 16時59分

深刻なテーマですね。
無縁社会小さく考えればその人の生きざま かとも思えます。子供の頃から引っ込み思案の子はやはり性格とも言おうか置き去りにされがちで大人になっての家族との繋がりさえ途絶えて孤独になって行く。明るい子は小さな頃から友達が集まってきます。なんでも話せる友達が出来ればもう安心。人間嫌いの人には無理ですね。繋がりは持とうとしても持てない性格的な物もあります。
縁と煩わしさ 本当に隣り合わせです。
これも事なかれ主義の人が多いも煩わしさからの逃避でしょう。

投稿: あざみ | 2010年11月 3日 (水) 20時37分

あざみさんへ
今晩は。note
その人の持つ性格、で道が分かれてしまう。
だけど性格は、幼児のころからの育て方で変わってくるような気もしますが。
親の責任は、重大な気がしますが、一方で責任を放棄した親が多いのも事実でしょう。
あざみさんのおしゃる様に、事なかれ主義は、まん延していますね。think

投稿: マジョリン | 2010年11月 3日 (水) 22時44分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ドラマは、ハッピーエンド | トップページ | チャリティーコンサート国際的ソリスト4人 »